
名簿 販売を発表
佐谷周吾さんは、僕が中高生の頃に通っていた佐谷画廊の二代目で、僕の先輩ギャラリストです。
銀座の佐谷画廊で彼が企画した中原浩大展は、「美術はやっぱ-素晴らしい」と僕の思いを新たにしてくれた展覧会でした。
食糧ビルにはまず、一九八六年に小池一子さんが開設したオルタナティブスペース「佐賀町エキジビット・スペース」がありました。
森村泰昌さんや内藤礼さんといった、今では国際的に活躍するアーティストのデビューを飾った伝説的なスペースです。
やがて那須太郎さんのタロウナス・ギャラリー、佐谷さんと小柳敦子さんによるライス・ギャラリーも加わります。
この食糧ビルは、二〇〇二年末に老朽化のため解体されるまで、一九八〇年代後半から二〇〇〇年代初頭にかけての日本の現代アートシーンを語る上で、欠-とこのできない存在となっていったのです。
不景気にこそ、チャンスは到来する僕が独立したのは、バブルがはじけ、美術館ビジネスもすっかり繋-を見せた頃。
アートマーケットは冷えきった最悪の状況です。
しかし、この時期に独立したのには理由があります。
不景気になれば、高額商品は売れません。
みんな安い商品を求めるようになります。
アートマーケットでも同様に、安い作品、若いアーティストの作品が売れるチャンスなのです。
若いアーティストのマーケットをつくるなら、この時期をおいてはありません。
一九九〇年代半ばに僕が売ったアーティストの作品は決して高価ではありませんでしたが、今では奈良さん、村上さんをはじめ、軒並み高めなものでした。
一〇年前より、若いアーティストの作品を売ることが容易になってきました。
前例ができたので、コレクターも安心して買えるようになったのでしょう。
ちょうど一つのサイクルが終わって沈んだところから始まって、現在は再び高潮に達誰も見たことのないものに価値を見出すギャラリストの仕事した状態が巡ってきたと言えるかもしれません。
ということは、あと二、三年後には、一区切りついて景気が落ち込んでいる可能性があります。
今は二〇代そこそこのアーティストでも、サイクルが再び高潮に達する一〇年後、三〇代半ばになる頃には、作品が安定して売れるようなマーケットができているのが理想的です。
アートマーケットも、まさに市場経済そのものです。
浮き沈みがあり、景気のサイクルがあります。
そのサイクルを読んで長期戦を仕掛けていくことも重要です。
ちなみに僕がギャラリーをオープンさせたこの一九九〇年代半ばには、同世代のギャラリストが次々に独立し、東京の現代アートシーンは過渡期を迎えていました。
アメリカ西海岸でアートディーラーをしていた石井孝之さんが大塚にタカ・イシイギャラリーをオープンしたのが一九九二年。
佐賀町エキジビット・スペースで働いていた小柳敦子さんは一九九四年に独立して、銀座にギャラリー小柳をスタートさせました。
前後するように、現レントゲンヴエルケの池内務さん、ワコウ・ワークス・オブ・アートの和光清さん、オオタファインアートツの大田秀則さん、ギャラリーサイド2の島田淳子さんも、独立して活動を始めていました。
アメリカ武者修行で砕かれた幻想僕のギャラリストとしての活動は、西村さんと白石さんの元で働いて学んだことにとても影響されています。
もう一つ大きな影響を受けた経験があります。
それは、一九八九年、ちょうど西村画廊を辞めて白石さんの元で働き始める前に、一カ月はアメリカのギャラリーを見て歩いたことです。
出発前に白石さんからもらったアドバイスは、「作品の内容はいいから、どうやって絵が掛かっているか、展示されているか、値段の付け方などを見てきた方がいい」というものでした。
作品鑑賞は二の次で、アートビジネスの本場アメリカで、ギャラリーの「システム」を見てこい、これが白石さんの意図だったのです。
ニューヨークでは、その名も『ギャラリー・ガイド』という案内本を片手に、載っているギャラリーを片端からつぶしていきました。
高級住宅地のお屋敷のようなギャラリーで門前払いされたこともありますが、それ以外はほぼ制覇したと言ってもいいでしょう。とにかく驚いたのは、ギャラリーの数の多さと、その数に負けないほどの多様さです。
アメリカのアートマーケットは、日本と比べものにならないほど層が厚いのです。
誰も見たことのないものに価値を見出すギャラリストの仕事、犬の絵だけ、帆船の絵だけを扱うギャラリーもあれば、ワシントン大統領などの肖像画を扱う時代がかったフォークアート専門ギャラリーもあります。
このようなギャラリーが存在しているということは、お客さんがいて、需要があるということです。
「こんなものが売れるのか」と思うような作品が、目の前で売れていきました。
考えてみれば、「よい作品」だけが売れるというのもおかしな話です。
アート以外の分野の売買でも、よい品物だけが売れるわけではありません。
安いものや粗悪なものだって買う人はいますし、売れるわけです。
そう考えれば、どんな作品でも何らかの理由で売れるし、またそれが現実なのです。
「よい作品なのに売れない」というアート関係者は多いですが、「よい/悪い」「好き/嫌い」と、「売れる/売れない」はまった-別の話なのです。
つまり、どんな作品でも、交換が成り立てばマーケットができ、お金の流れが生まれる。
この認識ができたことがアメリカ旅行での一番の収穫でした。
トランク一つで乗り込んだ、インディーズのアートフェアギャラリーをオープンしたのはいいものの、僕が扱っていた若手の作品は、あまり売れませんでした。
それでも営業を続けるだけで経費がかかります。
国内ではどうしようもない頭打ち感がのしかかってきました。
「もしかすると、日本以外に活路があるかもしれない。」勝算があったわけではありませんが、かすかな希望を抱き、一九九六年十二月、若いギャラリストが集まるインディーズの「グラマシー・アートフェア」に参加してみることにしました。
グラマシー・アートフェアは、ホテルの一室をギャラリーに見立てて開催する、いたってカジュアルなフェアでした。
この形式を踏襲して、最近では東京・神楽坂のアグネスホテル、大阪の堂島ホテルでも開催されています。
ホテルの部屋に宿泊して、朝になったらそのまま泊まっていた部屋を少し整えて、持参した作品をベッドの上に並べたり、壁に掛けたりしてお客さんが来るのを待つという、なんとも手弁当な企画です。
僕はたった一人。
作品は、キャンバスの裏の凹んだところに小さ日のキャンバスを入れ子状にはめ込んで梱包し、全部トランクに詰めて手持ちで行きました。
ドローイング作品も、八〇点もらい持っていったと思います。
英語は苦手だったので、初日に来た日本人の留学生に、「働かない。」と声をかけて通訳をしてもらいました。
無鉄砲と言いつつのギャラリストの仕事、そんな勢いで行ってしまったわけです。
そこで、思いもかけないことが起こりました。
ほとんどのお客さんにとって初めて見るであろう、奈良さんや杉戸洋さん、村上さんの作品が、次々と売れていくではありませんか。
特に、村上さんのアシスタントを務めてきたアーティスト、虹の小さなドローイングは大人気でした。
アニメのような女の子をポップな色遣いでレシートの裏いっぱいに描いたものです。
一点五〇ドルの値を付けて冷蔵庫に一二枚ほど貼っておいたら、買いたいというお客さんがかち合ってしまい、結局、ジャンケンで勝った方が買って行くほどでした。
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